家庭裁判所のギャー子さんとの出会い?に感謝するような出来事によりさらに工作員の手口がわかった話
今受注している案件に付随する手続きでの家庭裁判所のギャー子さんとのやり取りは、まだ完全には終わっていませんが私が考えていたよりも早く、意外に順調に決着がつきそうです。
ギャー子さんについての記事はコチラ
2回目にギャー子さんと電話で話した時は、まるで別人のように柔らかい非常に丁寧な口調に変わっていました。
おそらく身内とやり取りをしている内に、私を間に挟んだ方がいいだろうなと判断しての結果だと思います。
明らかに損得を計算して動いています。
ある意味賢いとも思います。
ただその変わりようは、思わずお前は猫かっ!と突っ込みを入れたくなる程でした。
でも、一応私も大人(←ホントか?)なので普通に社会人として丁寧に柔らかく対応いたしました。
私は身内と必要に応じて、家庭裁判所のギャー子さんとのやり取りの件で電話で話すのですが、私が「家庭裁判所のギャー子さん」という表現でいつも話しているので
身内は「ギャー子さん=家庭裁判所調査官」と認識したようで、私が「それでギャー子さんはどう言っていたの?」と聞くと普通に「~って言っていたよ」と答えます。
そんなやり取りをしている内にあれ?そういえばギャー子さんの本当の名前って何だっけ?と時々思い出せなくなる時もあります笑
手続きの過程で裁判所から届いた書類に書かれていたギャー子さんの名前を見て、私はああこの人も○○民族の血筋で間違いないなと改めて確信しました。
最近というかだいぶ前から、どう考えても私は粘着質で妙にこだわりの強いお人によく絡まれるなーと感じていました。
そして、昨日それらのお人がみんな一定の共通性を持っているという事に改めて気づいたのです。
今でも時々情報収集をメインの目的にツィッターを利用していますが、一緒にRAPTブログの情報拡散をしている兄弟姉妹(仲間たち)に普通に混ざっています。
それらの人々は何気に私のツィートに反応してきますが、ほとんどが何通りかの同じような手口でしてくるのです。
といっても私自身が普通に工作員に認定されている可能性も十分にありますけれども、昔から同調圧力には屈しない超マイペースな性格なので面倒くさいし鬱陶しいなーとは思いますがほとんど気にしていません。
といいますか、好奇心旺盛な性格なのでニタニタしながらそれを観察して楽しんでいます。
もう少し泳がせていれば、とある情報商材販売業者のように尻尾を掴めると思うので今は経過観察中です。
そして私の工作員を見分ける基準の一部だけを公開します。
わかる人にはわかると思います。
以下になります。
ドラマのような内容の作文
優秀な夫と子供たち
対等を意識する働き方
暴力、謙遜、過剰なまでの賞賛
ほぼ完璧に近いステイタス、生活環境
どこまでも出来過ぎている素晴らしい設定。
過剰に上下関係にこだわる
自分の価値観を押し付ける
正義感に満ちているかのような言動
数でモノを言わせる人海戦術
以上です。
それを補足するのが以下になります。
下の文章はヤフー知恵袋の「下記はサイコパスが書いた偽善アピールの文章」から引用しています。
ID非公開さん
2019/7/704:01:13
下記はサイコパスが書いた 偽善アピールの文章です。
コイツのおかげで散々な目に遭いました。
これを読んで、何かがおかしいと気付く方いらっしゃいますか?
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ご講話の最後の方にあるアニメを観せて戴いたのですが、
その内容に『生まれる前の子供達が、自分は生まれたら
どんな事をしたいのか、どんな使命を持って生まれるのかを、
神様とお話をする・・・』といった趣旨があったのです。
『生まれてくる子供は自分の親を選んで生まれてくる』と
いう説がある事をご存じの方も多いと思います。
そんな事を想いながら観ていると、突然『先日わずか小学校
4年生で親の虐待を受けて死んだ心愛ちゃんは、なぜ自分を
虐待する親を選び、自分が虐待をされて死ぬ使命を選んだん
だろう・・・???』という疑問がおこり、『きっと、自分が
犠牲になる事により、いかに児童虐待が悲惨なものか、
学校・児童相談所があてにならない処であるか世界中に知らしめ、
又自分達の地域エゴで児童相談所の新設に反対する行為が、
如何にバカらしい事なのか知らしめる為・・・』そして
『二度とこのような悲惨な事件が起きない世界にならなければいけない、
親が子を虐待するだけではなくて、もっと今の世界では
色々と間違っている事が多いから、正しい世界にしなければならない、
というメッセージを送り出す為』ではないかと気付いた瞬間
涙が溢れて仕方がありませんでした。
正しい世界に戻しましょう!!
引用ここまで。
一見すると素晴らしい内容を書いているかのようにも見えなくもないです。
『生まれてくる子供は自分の親を選んで生まれてくる』という説が正しいという前提で書いています。この時点でスピリチュアル系ですね。
そして最後辺りにある「涙が溢れて仕方がありませんでした。」という偽善に満ちた表現から
如何にも心愛ちゃんの死を悲しんでいる自分は優しい心の持ち主であるかのような演出をしています。
自分は正しく生きており、情の深いタイプの人間であると世の中の人に見せたいのだと思います。
実際にはどうであれ、この人は良い人だと周囲の人に思い込ませる事ができれば自分の仕事などにプラスになる可能性もありますからね。
本当に人生を正直に真面目に生きてきた人ならば、わざわざそんな面倒くさい事をしませんし、する必要もないと思います。
裏表のない普段のそのままの自分で対応すれば楽ですし、変に誤解されると余計に面倒くさくなるんじゃないかなと思うからです。
女性ならおわかりいただけるかと思うのですが、自分の好みとは程遠くあまり尊敬できる要素もなく全く興味もない男性にアプローチをかけられる程鬱陶しい事はないですよね。
まぁ、自分を素晴らしい人間かのように演出すると最初はそれに騙される人も一定数いるでしょうし、それによって多少は得をする事もあると思います。
でも、その内必ずボロが出てきますし周囲の人にバレるのも時間の問題ですので、後で必ず痛い目に遭います。
それから工作員の人々は必ずといってイイほど人海戦術で相手を攻撃してきたり、追い詰めようとしてきます。
Facebookやツィッター、ブログの掲示板などで評価機能のあるものならば、そのような工作活動が可能ですね。
私は以前営業の為にと仕方なく本名でFacebookを利用していた時期があります。
そしてある日、頭のオカシイA氏との出会いと体験により反日朝鮮半島系の人の特徴が非常によくわかるようになったので、自分と繋がっている人の大半がそれらの人である事に気付いてからは、居ても立っても居られなくなりアカウントを削除しました。
Facebookもツィッターと同様にたくさんの人のいろいろな情報がとめどなく押し寄せて来るので、私には本当に苦痛でたまりませんでしたので止めてとってもスッキリしました。
Facebookは特に反日朝鮮半島系の人が搾取のターゲットを探すのによく使うツールに成り下がっているので、それもあっていろいろな邪気をまともに食らってしまいしんどかったのだと思います。
工作員は普段から周囲の人に如何に自分を良く見せるかと考えているからなのか、善人アピールをするのが表面的には上手いです。
でも、所詮は小手先の方法でしかないので観察していれば必ずボロが出てきます。
元々私は子どもの頃から好奇心は旺盛なタイプだったので、常日頃から
この人はどうしてこのような事をする(言う)のだろうか。どのような理由で何を考えて判断しているのか。
本当はこの人は一体何を望んでいるのだろうかなどと
追求しながら生きてきましたので、野生の勘は割と鋭いです。
でもさらに聖書の知識をRAPTブログによって正しく知る事ができたおかげで、よりその観察眼と野生の勘がさらに磨かれていったのです。
別の記事でも書きましたが、私は何の意味もない無駄な事は極力しない。というスタンスで生きています。
RAPTブログを知る前は損得を考えて生きていたので、しょうもない情報商材販売業者に引っ掛かるようなおバカさんだったのです。
でもRAPTブログにより聖書で正しい知識を知ってからは、それは浅はかな考え方でありむしろ何も良い事はないという事を身をもって知り実際に体感しました。
損得ではなく神様の御心(人類を生き地獄から救いたい、共に想い合いたい)をどのようにすれば実現できるかを考えるようになってからは、その浅はかな考えはだいぶなくなりました。
この本物のキリスト教を信仰すると義の条件、例えば
お祈り、聖書を読む、御言葉を聞く(読む)、賛美をする(神様に向けて心を込めて歌う)をするのですが一見、実生活には何のメリットもないように見えると思います。
私も最初はそう思っていましたし私のスタンスとは違うと思っていたので、しばらくは半信半疑で適当にやっていました。
でも、今は完璧には程遠いですが、ちゃんとできなくても反省して試行錯誤しながら何とかしっかりやろうともがいています。
それらの行動をだいぶ習慣化できるようになってから改めてこれまでの人生を振り返ってみると、義の条件のおかげでいろいろな事を悟れるようになりました。
そして信仰を深くするようになってからようやく、RAPTブログに出会ってから行ってきた自分の全ての行動にほとんど無駄がない事に気付いたのです。
正しく、私の何の意味もない無駄な事は極力しない。というスタンスにピッタリです。
さすが全知全能の神様であり、私たち人間よりも遥かに高い知能をお持ちの方であるなと感じています。
といいましても、それでもまだ多少の無駄があるのは私が未熟だからなのですが、本当に徹底的に行動していけばその無駄を完全に無くせるのではないかと思います。
どうしてそのようになるのかといえば、やはり目に見えない神様の力が働いているからに他なりません。
そしてお決まりのパターンとして、はい。聖書に関する有料記事の紹介です。
嫌な人、興味のない人はどうぞスルーしてください。
私はどこかの工作員らしき人のように自分の価値観を押し付けるような事は一切しません。
拒絶反応を示している人に何を言っても無駄どころか余計に要らぬ誤解や偏見を与えるだけです。
そのような方には「仕方ないですね」などとでも答えてスルーすればよいのです。
質問するには○○するのがマナーだとかという考えは当然あると思いますが、偏見や誤解で見たくないと考えて拒絶している人に対して見ろというのは押し付けに過ぎません。
見たくないものは見たくないのです。
その人の意志を尊重してほっといてあげましょう。
そのうち時期がきたら興味が出てきて見るかもしれませんし、見ないかもしれません。
まだそれらの情報を受け入れる段階ではないのかもしれません。
それはそれで一種の縁みたいなものだと思います。
世の中にはいろいろな基準や価値観を持っている人がいるのです。
それをしっかりと踏まえた上で情報を伝えないと、どんなに正しい情報を伝えていてもやり方がまずければ誤解されてカルト宗教認定されてしまいます。
そして有料記事は1ヶ月単位で購入できますし、止めたければ問題なく簡単に止める事ができます。
止めたからといってどこかのカルト宗教(創価学会)のように地獄に堕ちると脅されることは全くありません笑
そこは私が保証します。
本当に読むか読まないか、あるいは止めるのも自由です。
興味のある方は下記のブログ記事を参考に購読するかどうかをご検討ください。
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