六法全書と聖書の違い それぞれから得られるもの
ヒャッホーイ!!
まずは六法全書について少し説明します。
私は数か月前までは、法律系の国家資格である行政書士を職業としていましたので、一応、その時に買っておいたものがあります。
といいましても、仕事に関係のある条文を調べる時に多少読んでいたくらいで、ほとんど事務所の本棚に飾るオブジェと化していました。
一応、オブジェ以外の役割もそれなりに果たしてくれました。
行政書士は基本的に許認可申請が主な仕事ですので、許認可申請をメインに仕事をされている人だと、司法書士や弁護士さん等と比べると六法全書のお世話になる機会はそんなには多くはないと思います。
実際に、許認可申請の仕事に関する必要な条文を調べる時以外は六法全書を読みません。と言い切る行政書士さんもいる位です。
法律系の士業になるには国家試験に合格し、実務上、難解な法律の条文を読解する必要があるので、実務や試験勉強等で条文を読み解く力をある程度身に付けてようやくその資格を得られるような仕組みになっています。
六法全書は、特定の人たちの既得権益を守るのを目的に、敢えて日常生活で法律に関わる機会が少ない庶民が読んでも理解できないように書いているのではないか?としか思えない程、難解な表現を用いているのです。
ですので、法律に関わる機会の少ない庶民が気軽に六法全書を活用するのは難しいものがあり、
庶民が簡単には正しい情報へとたどり着けない腹黒い仕様になっているのです。
私は、六法全書からは悪意を感じます。
興味がない、難しい書籍とかを読んでいると、人間誰しも眠くなった経験はあると思いますが
六法全書はめちゃめちゃ回りくどい表現で小難しく書かれており、免疫がないと頭が混乱してものすごく疲れるので眠気で意識が飛びやすくなります。
巷では、眠れなくて困っている。という悩みが深刻な方も時々おられるようなので、そのような方に私は是非とも睡眠導入剤として六法全書を読むことを満面の笑みでお勧めしたいと思っています。
これは余談ですが、塀の中の図書館には六法全書が置いてあるそうです。
そして、次は聖書について少し説明します。
聖書は数千年前に神様が人間に霊感を与えて書かせた書物です。
人類史上の最大のベストセラー、過去数千年にわたって読み継がれてきた世界的なベストセラー(詳細はコチラ)といわれているだけあって、世の中には聖書に由来する言葉・ことわざがたくさん出回っています。
陰謀論といわれているけれども、実はほとんどが事実であるという情報を読み解くヒントも聖書に書かれていたりします。
私が行政書士試験の3回目の試験を控えていた当時、試験勉強が捗らなくて行き詰っていた時、RAPTブログのRAPTさんから、聖書を読むと雑念が無くなると聞きましたので
私は、雑念を無くして試験勉強に集中したいという実利を目的に、通読することにしました。
聖書は良心的に生きる人が聖書の知識(本物の真理と愛)を得て神様と繋がり、幸せになるのを目的に書いたものですが
悪い人に聖書の知識を悪用されると困りますので、読む人を選別する意図もあって、何重ものパスワードをかけて封印して書いた書でもあります。
そのような事情もあって解説がないと解読には困難を極めますので、私も素直にRAPTブログの有料記事を手引きに通読しました。
聖書を通読すると本当に雑念がなくなり、試験勉強に集中できるようになって勉強が捗り、3度目の受験で行政書士試験に受かりました。
行政書士試験は、ざっくりと分けると択一式と記述式で構成(詳細はコチラ)されていますが、仮に記述式が苦手でも、択一式で点数を稼げば合格は可能となります。
どちらかというと記述式の試験の方が難易度が高いので、ほとんどの人が択一式で点数を稼いで合格点を狙います。
ただ、私はケアレスミスで択一式では思うようには点数を稼げませんでした。
でも試験当日、記述式の試験の時間に特定のキーワードが頭に浮かびました。
そのキーワードを使うとパズルのピースが合うかのように論点がつながったので、記述式の試験で高得点を稼ぐことができ、トータルで合格点に達することができました。
どちらかというと私は暗記よりも文章を書くのが得意な方ですが、その私の能力を上手く発揮できたから合格できたともいえます。
あの頃はどうして聖書を読むと雑念が無くなるのだろうと、特に深くは考えませんでしたが、今思えば
聖書は、良心的に生きている人が真理や愛を求めて読むと、神様が聖霊を与えてくれる高度な仕様となっています。
※聖霊とは神様がくださる電磁波で構成された天からの霊で、真理、愛、知識、知恵、力などを指します。
私はある意味、真理を求めていましたので、神様が聖霊を与えてくださったから、余計な雑念を取り除いて正しい情報を見抜く力を得られたのだと思います。
どう考えても、聖書からは愛しか感じません。
神様はいつも、私たち人間が神様の存在と、神様が惜しみなく与えてくださっている愛に気付いてほしいと、一生懸命働きかけてくださっています。
ある程度良心的に生きてきた人ならば、神様に意識を向けると聖霊が受けられるようになっています。
でも、神様にどうやって意識を向けたらいいのかがわからない
という人がほとんどだと思います。
それを知るには聖書が良いのですが、いきなり一人で読むのは難しいので、まずはRAPTブログの一般記事から始め、徐々に有料記事を読み進めていくことをお勧めしています。
下記の記事も実体験に基づいていてわかりやすいので、是非ともご参照ください。
RAPTブログから神様の御言葉を学ぶことで、この世のどんな難しい知識や情報も正しく核心を掴み、素早く理解できるようになった(十二弟子・サキさんの証)
そして、一人でも多くの人が神様と繋がって、心から喜びを得られるようになることを切に願います。
【NANAの歌】volます。.8 – 主の喜びになりたい