11月11日前後の出来事と数日後に改めてお祝いした時の話

記録11月11日の祝日のお祝い, , 里親


2週間前に姉が撮ったココの画像です。

先月の31日に私の実家で飼っていたココが行方不明になっていました。
たまに鎖や首輪が外れてどこかに行ってしまうことはあったそうですが、帰巣本能で割と直ぐにいつもの場所にちゃんと戻って来ていたそうです。

でも、今回に限っては数日経っても帰って来なかったので、もしやと思った私の母が動物愛護管理センターに行ってみたところ保護されていました。

長い鎖を引きずった状態で誰かに見つけられて保護され、動物愛護管理センターに引き取られたようです。

母はその時はココを家に連れて帰りましたが、母の気持ちは既にココから離れてしまっていました。

その理由は、数か月前に母が家の近所の歩道でココを連れて散歩している時、他の犬を散歩していた夫婦と鉢合わせし、その犬とココは興奮して吠え合っていました。

母は、もし、興奮状態にあるココがその犬や飼い主さんに危害を加えたら大変だと考え、安全な場所に移動しようとココを連れて離れようとしたところ、興奮状態のココに引きずられてバランスを崩し、近くにあったガードレールに額をぶつけて3針縫う怪我を負ってしまいました。

それ以降、母はココのことを疎ましく思うようになり、ココを里子に出そうと言い出すようになりました。

確かに母も高齢で体力や判断能力が落ちており、元気いっぱいのココを世話するのは難しい状態になっていましたので、散歩は姉がサポートするから何とか思いとどまるよう、姉と私で説得していました。

そして、しばらくは近くに住む姉が時々ココを散歩に連れ出してくれていたのですが、母はココの世話をすること自体を嫌がるようになり、ついに里子に出したいと動物愛護管理センターに連絡をしてしまったのです。

その話を聞いた姉と私は再度思いとどまるように説得しましたが、聞き入れてくれませんでした。

そこで、孫のお願いなら聞いてくれるだろうと考え、ココの名付け親でもある姪っ子に説得をお願いすると母はそれをあっさりと聞き入れました。

そして、その翌日に姉が動物愛護管理センターに里子に出すのをやめて引き取りたいと申し出たのですが、既に里親さんが見つかっており、もう決定事項ですので無理です。と断られたそうです。

実は、ココを今の私の家で引き取るか、島に引っ越して自分たちで飼おうかと私の配偶者と相談していたところで、とりあえずは、姉のところでしばらく預かってもらい、その後に私たちが引き取ろうと考えていました。

まさか、1週間程度で里親が見つかるとは思っていなかったので、私はあまりのショックと寂しさにしばらく放心状態でした。

その話を姉から聞いたのが神様とのお祝いの日の11月11日の午後でした。非常にショックでした。

何となく、犬 里親のキーワードで検索すると、下記の記事が出てきました。

成犬(四歳)を里子に出すか出さないかで母ともめています。母は里子に出したいようですが私は出したくありません。 我が家は母子家庭の母一人、子一人、犬一匹で生活しています。 父は数年前に他界しました。

ココは見た目が可愛くどちらかというと人懐こい性格なので、1週間程度で里親さんが見つかりましたが、犬の性格によっては厳しい場合もあるようです。

やはり歳を取ると犬を飼うのが難しい状態になるのは、避けられない場合も珍しくはないのだと思いました。

そんな中、ココが里親さんに引き取られてから数日間連続で、ココが元気な姿で私の夢に出て来てくれました。

もしかすると、寂しがっている私の魂がココのところに行っていて、それを感じたココが心配しなくていいよ。元気だから大丈夫だよ。と知らせてくれたのかもしれません。

ココが元気で暮らせているのなら、これ以上寂しがっても仕方がないですし、ココに心配をかけないように元気でいようと思うことにしました。

そして、明け方のお祈りの時間に神様に、ココが里親さんのもとで元気で幸せに暮らせますようにとお祈りするようになりました。

昨日、ふと、何となく聖書が読みたくなり、貪るように読み進めていく内に、もしかすると、一見、辛い状況のように思えても、母やココや私にとって、実はこれが最良の結果なのではないかという考えが頭をよぎりました。

私の住むマンションは一応は動物の飼育が可能な物件ですが、1階以上で室内飼いになるので、これまで屋外でのびのびと生活していたココが暮らすには不便な環境ですし、関東は島とは気候もだいぶ違いますので、それらの急激な変化はココにとっては厳しいかもしれません。

それから、私の実家でココを疎ましく思う母のネグレクトに近い状態の世話を受けながら暮らすよりは、望んで迎えてくれる里親さんの愛をたくさん受けて暮らした方が、ココにとっては幸せなのかもしれません。

姉から聞いた話では、動物愛護管理センターの担当者は、母の状態や里親さんの環境など総合的に考慮した上で決められたそうで、里親さんはちゃんとした方なので心配は要りませんよ。と仰っていたそうです。

殺処分されることなく、ちゃんとした方に面倒を見てもらえるのはとても幸運なことだと思いますし、総合的に考えるとそれは必然だったのかもしれないと思うようになりました。

 

自分の心の整理に多少の時間を要しましたが、気を取り直して11月11日の祝日のお祝いを改めて週末の13日にすることにしました。

11月11日の祝日のお祝いって、なぁに?という方は下記の記事をご参照ください。

RAPT有料記事221(2017年11月4日)主に出会って救われたことを愛と感謝でお祝いしなさい。〈11月11日の主の祝祭についての御言葉〉

 

その日は雲一つない晴天でした。

思い出に残るように普段は行かないところ、食べない料理を食べましょう。ということで、東京 異国料理 というキーワードで検索すると、たくさんのお店が出てきました。

あまりにも数が多すぎて選びきれなかったので、私の配偶者に候補のお店の中から選んでもらうと、なんとそれはイスラエル料理のお店でした。

下記がそのお店と料理の画像となります。


店頭


カウンター式の座席の前の壁


メニュー表


ランチのスープ


左がプレートで、右がハーフサイズ

初めて食べる料理なので、どれも新鮮な気持ちで美味しく頂きました。

これが聖書に書かれている「酵母を入れないパンかな?」と私の配偶者と話しながら、じっくりと味わいました。

土曜日のランチタイムの時間に利用したのですが、特に混んでいなかったので並ばずにゆったりと穏やかな雰囲気で過ごすことができました。

 

最後に、私にとってはいろいろと考えさせられる出来事がありましたが、聖書を読み込むことでペットロス症候群のような状態から抜け出し、心の整理をすることができましたし、いつもとは違う視点で物事を深く考えることができました。

聖書はお勧めできる書籍の一つだと私は思っていますが、読書がそんなに好きではない或いは苦手なタイプの人には、とっつきにくいかもしれません。

真理に辿り着くきっかけは人それぞれだと思いますので、やはり興味関心のある方法、分野から調べる方がいいのかなとも思います。

下記の記事は、動物を飼っている人、動物が好きな人ならば共感できる部分が多いのではないかと思いますのでご参照ください。

RAPTブログとの出会いによって、サタンの支配する愛のない空しい世界から出てきて、神様の愛の下で心満たされて生きられるようになった(十二弟子・ミナさんの証)

 

この世の動物たちが偽善者の道具にされることなく、善良な人たちと幸せに穏やかに暮らせるような、健全な世の中になることを心から願います。